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2009年2月

心を込めて花束を   Southern All Stars

 オープンして間もないころから、ずっとうちの店を贔屓にしてくれているお兄ちゃんたちが居りまして。爽やかイケメンスポーツマン庶民派もこみち君をはじめ、放浪インチキEXILEてっか君、無免許モミモミ師きくちゃん、元横領銀行員にして現収賄公務員イシダクン等、来始めたころはまだ23,4歳くらいだった彼らももう20代後半にさしかかり、それぞれが別々の道を自分なりに歩んでいます。そんな彼らの仲間の1人がこのたび晴れてご結婚の運びとなりまして、2次会をいかに盛り上げようかとうちの店に集ってやいやい相談しておりました。仲間の門出を盛大に祝ってあげようと、忙しい中時間を割いて顔を合せ、まるで自分達のことのように喜びを分け合う彼らの姿はなんだか羨ましく、昔の自分達を見ているようで微笑ましいものでした。 そういう場所を彼らに提供できたことは幸福なことで、これからもそうあり続けたいと願います。

 さて、自他ともに認める短気者の私ですが、実はとても身近なところにもっとすごいやつがいるのです。この仕事をしているとどうしてもせかせかと飯を食う習慣が出来てしまうのですが、彼のせっかちぶりはもう圧巻です。

 時折早く店が終わってしまった日など、相方コージ君と飯を食って帰ったりすることが有るんですが、生憎開いている店が限られてしまい選択の余地はあまりありません。その日も11時頃にお客さんが引けてしまい、我々は12時までやっている回転ずしの店で軽く食事しながらビールでもという事で、閉店準備に追われるすしおん○に滑り込むことにしたのです。

 すでに店内には2組ほどのお客さんしかおらず、入って行った我々にバイトのお姉ちゃんはあからさまに「まさか今からかよcoldsweats01と迷惑そうな顔です。そりゃそうだよね、時計の針は11時20分を回り、「今日も1日お疲れさまconfident」ってところに喰う気満々のおっさん2人組ですから。 カウンターに座りとりあえずビールを注文すると、早速コージ君がインターフォンでお寿司をオーダーし始めます。厨房内ではおそらく店長さんだと思われる男性がひとりで片づけものの真っ最中で、閉店間際のオーダーにきっと渋い顔をしているのでしょう。ところがコージ君、そんなことにはお構いなしで次から次へとお寿司を頼みます。一度に3皿までと決められているんですが、頼み終わったと思いきやまた3皿、注文したものが届かないうちにまた3皿、ろくに食べる間もないうちにまた3皿です。「いやァ、店長さん中できっとアワ喰ってんだろうなあsmileなんて私が苦笑いしていると、おもむろに厨房とホールを仕切る扉が開き、店長さんらしき人物が一直線にこちらに向かってくるではありませんか。「お客様、ラストオーダーになりますannoy。」そう告げる彼の顔が引き攣っていたのは言うまでもありません。本来ならば最後に入店した我々よりも先に他のお客さんのラストオーダーを聞くものなのでしょうが、もはやなりふり構っていられなかったんでしょうね。お気持ちはお察しいたします。

 結局我々は、ビールを2~3杯ずつとお寿司10数皿をたいらげ、他のどのお客さんよりも先に風のように店を後にしたのでありました。あっけにとられるバイトちゃんと、こめかみに血管を浮かせた店長さんの顔は今でも忘れる事ができません。きっと翌日スタッフ達の話題は、コージ君の作った都市伝説でもちきりだったに違いありません。

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青空   THE BLUE HEARTS

 昨シーズン途中から何故か全く触れなかった野球の話題なんですが、WBCも直前に迫りましたので少しだけ。 我が横浜ベイスターズからは今回、昨年初の首位打者を獲得した内川選手と、2年連続ホームランキングに輝いた「男sign01村田」選手の2名が代表候補に名を連ねております。特に村田選手は四番打者として期待をされているらしく、ぜひともチームの不甲斐ない成績と北京オリンピックの溜飲を下げる活躍を見せてもらいたいもんです。  ・・・・どうせペナント開幕したらまたあっという間に脱落しちゃうんだからhappy02

 さて今回は昔話を少々。僕がまだイガグリ頭の中学1年生だった頃のお話です。

 漠然とではあるが、教師になるなのも悪くないなどと思っていた。無限の可能性を持った若者たちを相手に自らも切磋琢磨しながら過ごす毎日は魅力的に思えたし、子供は好きだった。

 当時うちの中学校には「学級菜園」なるものがあって、近くの農家の協力で畑の一部を貸して頂き、各クラス、各班ごとに様々な農作物を植えて栽培していた。自分たちの班は確かトウモロコシを育てており、時折草むしりに行ったりして皆で収穫を楽しみにしていた。  そんなある日、借りている畑の隣にある農家の畑の作物を荒らした不届き者があらわれ、学校中が騒然となった。犯人は特定されておらず、教師たちは前日に畑に居たものを中心に事情を聴いているふうだった。自分もその日は2人の友人と共に草むしりに行っていたのだが、そのような狼藉を働いた人物に心当たりはなかった。

 ざわついた雰囲気のまま授業が始まると、ほどなくして僕と友人2人は担任教師に呼び出された。他の生徒たちの間に動揺が走った。「あいつらかよ」そう無言の視線が呟いているのを背中に感じながら、僕たちは促されるままに放送室へと移動した。  部屋に入るとそこには仏頂面をした学年主任の体育教師が腕組みをして立っていて、「おまえらが昨日したことを一部始終正直に書け。」と紙と鉛筆を渡された。書くことなど何もなかった。ただ、みじめだった。

 翌日、真犯人たちが見つかり教師らと共に農家に謝りに行った。僕達の疑いは晴れた。しかしその後、担任からも体育教師からも僕たちへの言葉は何もなかった。卒業式の日にも、何処かで僕は何か言ってくれるのを期待していたような気がする。それでも、最期まで何も無かった。

 その出来事以来、教師になりたいと思う事は一度も無かった。資質や能力の問題もあるから成れたのかどうかは定かではないが、僕の人生におけるひとつの扉がこの時に永久に閉ざされた。

 それでも世の中には素敵な先生たちが沢山いて、子供たちのために毎日真剣に頭を悩ませたりしてくれている。大変だけどやりがいも大きい仕事だろう。頑張ってください。応援しています。

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Pretty People  monkey majik

 大変だsign03西那須野から世界のヘアーサロン界を牽引する男、我等がカリスマエロ美容師しんちゃんが骨折しちゃいましたよcoldsweats02 と言っても折ったのはその「神の手」と言われる右手ではなくあばらの一本だと云う事ですから不幸中の幸いと言うべきでしょう。しかも、トラックにはねられそうになった老人を助けたとか、燃え盛る炎の中から逃げ遅れた子供を救出したとかいう所謂「名誉の負傷」というやつでも何でもなく、ただ趣味のスノーボードで調子に乗りすぎての事らしいですからね。coldsweats01 他のスタッフたちの寒々しい視線が目に浮かびます。 まあ、何はともあれお大事にheart04

 さて、大不況と言われるなか公務員のみなさんへの風当たりも強まっているそうですが、先日また興味深い話を耳にしましたよ。かなり確かな筋からのお話なんでまず間違いない情報だと思うんですが。

 冬の季節行事の一つに「お餅つき」なるものがありまして、うちのちびっ子たちも保育園で行われた餅つき大会をとても楽しんでいたようです。僕もそれこそ小学生のころから毎年年末に母親の実家で家族総出で餅をついてきましたから、自分たちでついたアツアツのお餅の味は、もはや欠かす事の出来ない季節の味になっています。  ところがこの「お餅つき」を行政のほうで自粛させようという動きがあるそうなのです。「何かあっては困る」という例によって例の如き理由からだそうです。小学校や幼児施設、各種イベント会場などで行われる餅つきは衛生面などに不安があり、集団食中毒などが発生する恐れがあるから。と言えば尤もらしいが、行政の指導や立会いの下で十分な配慮をしながら行うという訳にはいかなかったんでしょうかね。

 古くから定住型の農耕民族である日本人にとって、稲作、米食というものは切っても切り離せないものではないでしょうか。餅つきを題材とした民話、昔話はそれこそ枚挙に暇のない位残されています。そういった我が国の伝統的な慣わしを「やめて下さい」というのは、すなわち「文化を捨てなさい」というのと変わらないような気もするのですが、一体どのようなお考えが御有りなんでしょうかね。クススsmile

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